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千葉県・行徳宿をぶらり 1

千葉県市川市は千葉の鎌倉といわれているが、 その歴史の中でよく登場するのが「行徳宿」である。 場所は旧江戸川沿いの本行徳付近がその歴史の場所である。 その「本行徳」近辺を散策してみた。



江戸時代、江戸の人々は
当時、足しげく「成田山新勝寺」に出向いていた。

「大山詣で」と並んで「成田詣で」も人気があり、
その詣で筋で旧江戸川を渡し船で渡ったところに「行徳宿」があり、非常に栄えていた。

また、「行徳宿」は、今人気の時代小説家・佐伯泰英の小説にも度々登場する。
金杉惣三郎、清之介父子や酔いどれ小籐次らもこの行徳宿で大立ち廻りをした。

さあ、当時の旅人になった気分で散策を始めよう。

まず、東京メトロ東西線の行徳駅を出ると
「市川市の散歩道 行徳塩浜のみち」という案内板を目にする。

案内板には旧江戸川沿いの本行徳付近の地図があり、
多くのお寺や神社、名跡などを記されたいる。

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散策経路などは記されていないが、
散策好きにはたまらないような昔の風景などあり、
おもわず、歩を進めたくなる。

行徳駅から歩くこと10分位で行徳街道に出る。
そこから旧江戸川に沿って北上すると

「笹屋うどん屋跡」

が右手に見えてくる。

「笹屋うどん屋」は当時、
江戸から来た人々が渡し船で渡った新河岸に着くや、
笹屋のうどんをすすったのであろう。大変、繁盛した店だったようだ。

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笹屋うどん跡前あたりに細い道がある。
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この辺りは北鎌倉を散策しているように細い道が入り組んでいる。

その細い道を旧江戸川に向かっていくと50メートルほどで
旧江戸川にたどり着く。
そこには立派な

「常夜灯」

が目に飛び込んでくる。

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「常夜灯」は江戸名所図会にも描かれおり、
当時は灯台のような役割を果たしていたものではないか。

写真をよく見ていていただくと「常夜灯」の中止に「日本橋」とあるが、
日本橋と何かつながりがあったのかと思いつつ、旧江戸川の防波堤にのぼり、
旧江戸川を左手の見ながら上流へと足を運ぶことにするが、
この続きは次回ということにしよう。

【行徳のご案内】

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